汗牛足vol.21 修道士が告発する大航海時代の暗部

読書

「汗牛足」はボクが大学生の時に発行していた本の紹介メルマガである。基本的に当時の原文のままなので誤りや内容面で古いところがあるかもしれないが、マジメ系(?)大学生の書き物としてはそれなりに面白いものになっていると思う。これを読んだ人に少しでも本に興味を持ってもらえたら望外の喜びというものだ。


汗牛足(かんぎゅうそく)vol.21 (2017.9.23発行)


◆16世紀の古典、その5

今回はスペインの修道士の著作を紹介。没後に母国で禁書にされてしまった彼の『報告』とはどのようなものだったのでしょうか。

■ラス・カサス(1552)『インディアス破壊についての簡潔な報告』[染田秀藤 訳(1976/2013改版)岩波文庫]

タイトルの「インディアス」というのはスペインが領有していた西インド諸島、南北アメリカ大陸の地域のこと。そこに住む先住民が「インディオ」です。コロンブスがスペイン宮廷の援助を頼りに「インド諸島」に到達し、アメリカを「発見」したのは1492年のことでしたが、スペインはこうした探検事業に続けて征服事業を展開していきます。その征服戦争は、先住民を野蛮人だとする前提に基づく、非道にして残虐なものでした。また、戦争が終わるとキリスト教化と「保護」を口実に先住民は強制労働させられ(エンコミンダ制)、酷使・虐待を受けます。その上、「旧世界」の人々が持ち込む疫病にかかったこともあり、先住民の人々は急激に人口を減らしました。

今回取り上げる本の著者、ラス・カサス自身も当初は征服戦争やエンコミンダ制に携わる征服者の一人でした。ところが、彼はその残虐性や不当さを目の当たりにして「回心」し、ドミニコ会(カトリック修道会の一つ)に入会します。そして征服戦争の禁止やエンコミンダ制の撤廃を唱えることに後半生を捧げることになるのです。彼はとりわけ植民地のスペイン人の猛反発を受けるようになりますが、命の危険を冒してインディアスの悲惨な現状を打破しようと一貫して行動した彼の信念には頭が下がります。

本書はそんなラス・カサスの(キリスト教的)人道主義の熱意に裏打ちされた、痛切なメッセージの書と言えます。彼は征服戦争とエンコミンダ制というスペインの二つの事業の残虐非道な実態を書き立て、インディオを温和で理性ある存在として描くことで、これらの事業に伴う残虐な行為を根絶し、先住民に対する布教活動に専念することが急務であることを読み手に訴えかけています。

ただし、もちろんその結論はキリスト教の絶対性が大前提となっており、インディオをキリスト教化することの正統性を信じて疑わないところには修道士としての彼のヒューマニズムの限界も感じました。彼によると、インディアスはスペイン国王に神とその協会から譲渡されたのであって、スペインには「そこに暮らす人びとを導き、治め、キリスト教に改宗させ、現世のみならず来世においても等しく、豊かな生活を送らせる」という使命があるそうです。一方で征服者たちの関心事はキリストの教えを説き広めることでは決してなく、手段を問わず金を手に入れて財を築き、高い身分を手に入れることであって、そのためには宣教師の布教活動をも妨害し、無辜の人々の犠牲を一顧だにしない、これが実状である、そうラス・カサスは訴えます。しかし、それはあくまで宣教、あるいは「魂の征服」という観点に基づく告発でした。キリスト教の絶対性は当時のことですから疑う余地がなかったにせよ、ここにキリスト教中心、あるいはヨーロッパ中心の世界観が根底にあることは明らかです。

本書のほとんどは、インディアスの各地域でスペイン人侵略者が先住民に対していかなる悪事を繰り広げたかについて、とくにその残虐行為を生々しく描きながら述べています。ここで注目すべきが、著者がスペイン人を救いがたい悪として描く一方で、先住民を善良にして悲劇の人々として描いていること、言い換えると二分法に基づく現状分析を徹底していることです。例えばスペイン人侵略者についてこのように述べられています:「その残虐さと不正ぶりは人間の想像できる限度をはるかに超えているのではないか、そのようなキリスト教徒には悪魔という名前の方がふさわしいのではないか、そして、インディオをインディアスにいるキリスト教徒に委託するより、地獄の悪魔に引き渡す方がまだましではないのか」。別の個所では「金を奪うためには悪魔にすら襲いかかるのがスペイン人である」とも書いていますが、一方の先住民に対しては、「この上なく素朴で、悪意や二心をもたない民」、「きわめて恭順で、もともと従ってきた土着の首長にも、また今現在仕えているキリスト教徒にもじつに忠実な民」、「カトリックの信仰を受け入れ、徳高い習慣を身につけるのに十分な能力をもちあわせている」等々、肯定的評価のオンパレードです。

このように彼が本書でスペイン人を悪、先住民を善としてきっぱり分けたことは、読み手に分かりやすいイメージを植え付け、人々のヒューマニズムに訴えることで現状を即座に改めるべきだという思いを抱かせるのに最良の方法であったに違いありません。(残念ながら彼の訴えは部分的にしか実現しませんでしたが。)しかしながらそれは他方、本書で「悪」とされてしまったスペイン人の愛国心を傷つけ(1660年に異端審問所は本書を禁書に指定、政府は「国の威信を傷つける有害な書物」として追認)、あるいは他国が反スペイン感情を煽るための道具として政治的な目的に用いるという、著者が意図しなかった事態も生み出しました。著者の主張がずらされて利用ないし悪用される本としては、ぼくはまず第一にダーウィンの『種の起源』を挙げますが、本書もそんな本の代表例として挙げられます。

訳者の解説によると、この本は政治的な目的とも絡んで、16世紀後半から「スペイン人は世界で最も残虐かつ非寛容な国民である」といった、反スペイン運動を呼び起こしました。しかし、スペイン人のみが残虐で、ほかのヨーロッパ人はそうではないのかという疑問がふつふつと湧いてきませんか。スペインは他国に先んじて征服事業に乗り出し、先住民が虐げられたのは事実ですが、もしそれがスペインでなく、例えばオランダやフランス、イギリスだったら、同様の惨事は起こらなかったとはとても断言できないはずです。実際、本書でも「ドイツ人商人」が登場しますが、彼らについてもラス・カサスは「血に飢えた虎や獰猛な狼やライオンをも凌ぐほど、狂暴かつ凄まじい勢いで、その地方を侵略した」と述べています。本書の記述から「スペイン人=残虐な人々」というイメージを抱くならば、あまりに浅はかに過ぎると思うのですが、他人の悪事は非難しながら、もし自分が同じ立場に立ったらやはり悪事を犯すかもしれない、なんてことはこれっぽっちも考えない、というのは古今東西変わらない人間の性なのかもしれません。

本書が政治的な目的に用いられた例として、スペイン支配下のインディアス各地で18世紀後半から自治権や独立を求める運動の際に、その大義を正当化する文書として用いられたことは、最も興味深いものの一つと言えるでしょう。この運動を起こしたのは、インディアスで生まれ育った白人たち(クリオーリョ)、つまりラス・カサスに非難されたスペイン人の子孫でした。言い換えると、彼らクリオーリョは自分たちをスペイン人侵略者の子孫としてではなく、善良で虐げられたインディオと同一視し、自分たちの先祖(の一部)だったはずの「スペイン人」を本書を頼りに猛然と非難し始めたというわけです!論理的に問題がありすぎますし、矛盾も甚だしいところで、開いた口がふさがらない思いがしてきます。

一方で、スペインが凋落して久しい19世紀後半から20世紀初頭になると、かつての大航海時代の母国にノスタルジーを抱く知識人の間で、大航海時代に生み出されたスペイン人に対するネガティブイメージは、全く根拠のない「黒い伝説」に過ぎないとする思潮が生まれました。この「黒い伝説」という言葉を生んだフデリーアスによると、スペインはインディアスの征服・支配を通してインディオをキリスト教に導き、文明化するという神聖で崇高な使命を果たしたそうです。現在にまで暗い影を落としている問題をまったくあざわらうかのようなこのフデリーアスの評価は言語道断です。彼は自国民中心主義、ひいてはヨーロッパ中心主義にどっぷり浸かっていますし、頑迷なキリスト教絶対主義者でした。

とはいえ、当時のスペインの言論界ではラス・カサスは「黒い伝説」の首謀者とされ、本書は激しい非難にさらされたそうですから、「神がわがカスティーリャを滅亡されないことを願って」書いたラス・カサスが気の毒ですし、皮肉ですらありますね。著者と対話し、その真の意図をくみ取るような作業はしばしばおざなりにされた実例として、前回取り上げたマキャヴェッリ『君主論』にも通ずるものがあると思いました。

◆あとがき

8月と9月は「16世紀の古典」と題して送らせてもらいましたが、一応今回で一区切りつけようと思っています。(また、来月から月一回のペースに戻ります。)もちろん、16世紀の古典としては、ルターの『キリスト者の自由』や、モンテーニュの『エセー』などは特に見落とせないものですが、今回少し触れた16世紀という時代の大航海時代としての側面は、その後の帝国主義や、日本の近代化の問題とも関わってくる重要なテーマだと考えているので、できればそっちの方向に話を進めていけたらなあ、と思っています。

5回にわたって古典ばかりを取り上げ、メールにふさわしからぬ分かりにくく重い内容が多かったきらいがあるので、(ぼくは楽しく書いていたのですが)読んでくれた皆さんに楽しんでもらえたかどうかはかなり怪しいのですが、何か得るところがあったらうれしいです。あらためて感想、質問等送ってもらえるとありがたいです。

コメント