今年(2024年)亡くなった経済評論家・山崎元の最後の著書を読んでみた感想。一言で言うと、意外と底が浅い(失礼!)。東大に入学した息子宛の手紙が元になっているのだから当然なのかもしれないが、結局のところ一個人の処世術の範疇に留まっており、労働の社会的な意義とか、社会学・政治学的な視座は微塵も感じられない。あくまでも現実世界を所与のものとして考え、その中でいかにうまく立ち回るか、という個人主義と功利主義の産物であるということは言える。
★サマリー
働き方・稼ぎ方
安定した職を得て、出世して、労働を高くかつ長く売る「昭和生まれの働き方常識」に従うと、不自由な職業人生を送り、見込みは低いが成功できたとしても大金持ちにはなれず、割が悪い。
新しい働き方では、①時間の切り売りでは達成できない効率性を求めて、なるべく若い時点で効率よく財産を作ることを目指すとともに、②働き方の自由の範囲をかつてよりも大きく拡げることを志向する。そのために重要なのは、次の2つ。
- 適度なリスクを取ること
- 他人と同じにならないように工夫すること
経済の世界は、リスクを取ってもいいと思う人が、リスクを取りたくない人から、利益を吸い上げるようにできている。効率よく資産を作るためには、株式とうまく関わることが必要で、そのための具体的な方法は次の4つ。
- 自分で起業する
→王道パターンだが成功確率は低い。失敗しても再就職すればよい。性格的な向き・不向きはある。 - 早い段階で起業に参加する
→入社から日を置かずに自社株に対する権利を確定することが大事。社長との個人的な相性を考慮すべき - 報酬の大きな部分を自社株ないし自社株のストックオプションで支払ってくれる会社で働く(外資系企業に多い)
→堅実な業績を持っている会社が、自社株ないし自社株のストックオプションをくれる場合、有利な報酬になる可能性が大きい。 - 起業の初期段階で出資させてもらう
→出資する自分は必ずしも若くなくてよい。友人関係や人脈の形成を通じてチャンスに対するアンテナを張り続ける必要がある。
また、株式性の報酬には①事業の規模拡大による利益の掛け算(面的な拡大)で利益が増える、②将来利益が現在価値で評価される時間方向の掛け算で株価が評価される、③固定報酬より有利な成功報酬としての性格が強い、④株式の報酬はキャッシュの報酬より条件が甘くなりやすい、⑤賃金上昇率よりリターンが高くなりやすい、という魅力がある。
株式制の報酬を受け取る働き方のダウンサイドは、せいぜいが「クビになる」ことにとどまる。それ以上のリスクの取り方として、借金をしたり、不動産投資、信用取引、FX、暗号資産に手を染めることはお勧めしない。株式性の報酬を目指す働き方は、個人が安全に使えるレバレッジとして、現在最も有利なものだ。
お金の増やし方
稼いだお金を効率よく増やすための結論は次の通り。
- 生活費の3~6か月分を銀行口座の普通預金に取り分け、残りを「運用資金」とする
- 運用資金は全額「全世界株式のインデックスファンド」、具体的には「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」に投資する
- 運用資金に回せるお金が増えたら同じものに投資する。お金が必要な事態が生じたら、必要分だけ解約してお金を使う
資本主義経済の仕組み
経済とは、主に生産と消費から構成される。「生産」はビジネスの元手となる財産である「資本」と「労働」によって行われる。資本を利用して労働を行う場合、労働が生み出す利益よりも小さい賃金を支払うことで、残りの利益が再投資されたり、資本家に還元されたりする。労働者は安定(=リスクを取らないこと)と引き換えに、労働により生じる利益よりも少ない賃金で満足する。彼らこそが世界の養分であり経済の利益の源だ。
働く側としては、「取り換え可能な労働者」である限り、より高い賃金を得ることは難しい。だからこそ、他人と同じであることを恐れ、無難を疑うべきだ。一方、安定を求めて会社のために働く”社畜”たる労働者Aとは異なり、「経営ノウハウ」や「複雑な技術」など、資本家が理解できないブラックボックスを会社の中に作って自らの立場を強くし、本来なら資本家に帰属したかもしれない利益を巻き上げる労働者Bの存在感が増している。これはブラックボックスを放置したままの資本家が甘い、ということでもある。資本家でも、労働者でも、工夫のない人間が敗れるように経済はできている。
株式のリスクプレミアム(リターン)は株価形成の過程を通じて生じるのであって、企業や経済の成長から得られるのではない。株価は将来得られる一株当たり利益の割引現在価値の合計としておおむね計算できる。このことが意味しているのは、低成長経済の日本株も、低成長が織り込まれた十分に低い株価で評価されていたら、経済成長している米国の株式と遜色のない投資対象になり得るということだ。過去のデータを見れば経済成長と株価は相関があるように見えるが、これは経済成長率の「予想していなかった変化」が株価に与える効果が累積的に影響したからだ。
若者へのアドバイス
◆お金の貸し借りは、友人・知人が相手だとストレスが大きいので基本的にはやめておけ。債務の保証人は絶対にやめておけ。
◆保険には2つの原則がある。①保険は「めったに起こらないが、起こったときの損失が壊滅的な事象」に備えて仕方なく加入するものである。②保険は保険会社が得をして加入者が損をするようにできている。
◆稼いだお金はおおらかに使え。特に自分への投資を渋るな。自己投資の中身は①知識、②スキル、③経験、④人間関係、⑤時間である。人生の中でお金が足りないと思ったら節約より先にもっと稼ぐ方法を考えろ。
◆自分の適職は、実際に働いて見ないと分からない。時間を使って夢中になることができるような興味を持てる仕事か(そうでなければライバルに勝つための努力が続かない)、自分の倫理観に反しない仕事か(そうでなければいざという時に頑張りが利かない)、の2点で仕事を選んで働いてみよ。合わなければ転職するといい。
◆就職して2年後くらいまでには仕事の基礎を身に着けた「転職できる人材」になっておきたい。学問でも仕事でも、2年間集中的に努力すると「素人とはちがうレベル」に達する。この段階で自分に向いているかどうか判断するといい。
◆一般に、自分を変える方法は、付き合う人間を変えるか、時間の使い方を変えるかの2通りだ。付き合うと好影響をもたらす「頭のいい奴」、センスが良くてチャンスを引っ張ってくる「面白い奴」、真に心を許せる「本当にいい奴」と積極的に付き合え。そのためには、自分が3種類のどれかになれ。
◆人脈と知識を広げる上で「勉強会」は有力な手段だから、自分で主催するか、幹事を引き受けよ。テーマ、講師、スケジュール、メンバーを自分に都合よく選ぶことができ、連絡を通じてメンバーとの人間関係を強くでき、多少恩を売ることもできる。
◆会食は手を抜くな。個々の参加者がどのくらい飲んだり食べたりしていて、どういう気分と状態にあるかを常に把握することを習慣とせよ。
◆組織人を前提としたキャリアプランでは次の3つの年齢を意識せよ。
- 28歳までに自分の「職」を決めよ
- 35歳までに自分の人材価値を確立せよ
- 45歳からセカンドキャリアについて準備せよ
◆転職を正当化できる理由は、①仕事を覚えるための転職、②仕事の能力を活かすための転職、③ライフスタイルを変えるための転職、の3つ。自分にどのような転職機会があり、獲得できる経済的条件がどのくらいかは常にアンテナを張っておけ。転職はサルの枝渡りであるから、間を置かずに次の職に移れるよう行動せよ。
◆成功を収めるためには、夢中になって高度に集中する時期が必要。ワークライフバランスは「ほどほどに」
◆稼ぎたいなら有利に稼げ、とは言っているが、大金持ちになれとは言っていない。面白いと思える仕事を通じて、必要な程度のお金を稼ぐことができればそれでいい。
◆サンクコスト(既に発生していて回収不能なコスト)は意思決定にあたって無視し、これから変えることのできる将来にのみ注意を集中することが正しい。
小さな幸福論
◆幸福の決定要素はほとんど100%「自分が承認されているという感覚」でできている。
◆人間の幸福感は「モテ」にかなり近い場所に根源があるらしい。男の場合、モテなかったために性格が歪んでしまった例は枚挙にいとまがない。
◆自分が創った価値観と思っているものは、他人の価値観にごく小さなものを付け加えたか、寄せ集めに過ぎない。
◆自分で自分の意思決定を自由に行うことができるようになるためには、複数の場を持つことが重要だ。
◆モテの秘訣は、心からの興味を示しながら、相手の話を熱心に聞くことだ。自分から行う自分語りは一切いらない。
★ボクのコメント
率直に言えば、粗削りで意外と底が浅い本だという印象(失礼!)。資本主義の大海に揉まれたオッサンのわが子への遺言という意味ではリアリティと人情味があるし、そこにこそ本書の価値があるのであって、本書に体系的な哲学を求めるのはもとより筋違いだったのだろう。にしても、この本に「寄付」という語が一切出てこないのは残念だ。著者が生前どの程度寄付行為をしたのかは知らないが、その点についてどう考えていたのかは個人的には興味があったのだが。
最終章の「小さな幸福論」の『幸福の決定要素はほとんど100%「自分が承認されているという感覚」でできている』という主張は個人的に違和感がある。著者は承認感覚をモテと重ね合わせ、モテるためには熱心に相手の話を聴け、と言っているが、この主張を逆にたどると、「相手の話を熱心に聞いてモテることが幸福のほとんど100%を決定する」という滑稽な主張になる。また、幸福になるために「豊かさ・お金」が少々必要かもしれないが、要素としては些末、と言い切っているが、ではなぜあれほどの紙幅を割いてお金の稼ぎ方や増やし方について論じていたのだろうか……。
世知辛い世の中を渡っていくためにはどうすればよいのかは説かれているのでその点は参考になるだろう。しかし視点はあくまで個人の世渡り術の域を出ず、社会構造の仕組みから自らの立場を相対化するような大局観、巨視的な視座からは程遠い。処世訓としても雑駁でそれほど良質なものとも思えない。このあたりに著者の限界を感じるのは私だけだろうか。個人の資産形成をどうするかについては著者から学ぶことは多いが、その他はほとんどオマケ程度ではないかと思う。
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