「汗牛足」はボクが大学生の時に発行していた本の紹介メルマガである。基本的に当時の原文のままなので誤りや内容面で古いところがあるかもしれないが、マジメ系(?)大学生の書き物としてはそれなりに面白いものになっていると思う。これを読んだ人に少しでも本に興味を持ってもらえたら望外の喜びというものだ。
汗牛足(かんぎゅうそく)vol.7 (2016.9.17発行)
◆今回紹介するのは一冊だけですが相変わらずの長文をお許しください
■立花隆+東京大学教養学部立花隆ゼミ『二十歳のころ I,II』新潮文庫(2002)
はじめに断っておくとすでに絶版となっております。この「汗牛足」ではできるだけ書店で入手可能な本を紹介したいと思っていますが今回は大目にみてください。なぜにこの絶版本に出会ったかは「あとがき」で述べます。
◎内容
著者名から推察されるように、立花隆(ジャーナリスト、ノンフィクション作家、評論家)の東大ゼミからできた本です。ゼミは、テーマを決めてそれについて調べて、まとめたものを本にしようというシンプルなものだったそうですが、何をテーマにするかで一悶着あって、結局学生の誰もが関われる「二十歳のころ」に落ち着いたそうです。そうしてできたこの本には取材に基づいた70人もの回顧談その他若者へのメッセージが詰まっています。ただ70と言ってもまさに玉石混交で、もはやページとインクがもったいないと思われるものから、自分の「二十歳のころ」を考えるうえでありがたく拝聴したいものまでいろいろあります。
◎意義――なぜこの本を読むか
1.自分の二十歳を考える
立花氏は、二十歳前後はどの人にとっても人生で一番大事な時期であって、自分の二十歳前後をうまく通過していくために、いろんな人の二十歳前後を知ることが必要だと言います。氏が本書の「はじめに」に記した次の一文が印象的です:
「青春とは、やがて来たるべき「船出」へ向けての準備が整えられる「謎の空白時代」なのだ。そこにおいて最も大切なのは、何ものかを「求めんとする意志」である。それを欠く者は、「謎の空白時代」を無気力と怠惰のうちにすごし、その当然の帰結として、「船出」の日も訪れてこない。彼を待っているのは、状況に流されていくだけの人生である。」
ぼくはあと一年数カ月で二十歳なのですが、まさにこの時期にいろんな人の二十歳の話を読むことができたのをとても幸運に思います。というのも、これを読んで二十歳になることへの漠然とした不安といいますか、もう二十歳になってしまうことに対してもっとやるべきことがあるのではないかといった焦燥感が和らげられ、自分なりに二十歳のころをどう過ごしたいかがイメージできたからです。
2.多様な人、職業、世界に触れる
有名な人であっても、自分に興味のないジャンルだったりするとちっとも知らないことがあります。職業やその道の世界についても同様です。あまりに世間を知らない自分には、それを垣間見るよい機会でした。また、昔世間を騒がせた事件や出来事をちょっと知ることができるのもいいです。(たとえば、学生運動や三島由紀夫の最期、よど号ハイジャック事件など)
3.世代間の違いを知る
本書は70人が1917年生まれから1981年生まれまで出生年順に並べられ、世代ごとにまとまった傾向を感じることができます。とりわけ戦前に幼少期や青年期を迎えた世代は、自分にいつ死が訪れてもおかしくないとリアルに感じていた世代であっただけに、より生きることに自覚的であると見受けられました。戦後の長寿の国に生まれた世代は、死がどこかずっと遠いところに感じられるがために、その生も薄っぺらなものになっているのではとの考えが脳裏をよぎりました。
◎セレクト3
70人の中からぼくが勝手に3人を選びました。上に書いた意義がどんなものか少しは分かってもらえるのではないでしょうか。
1.森毅(もりつよし、1928-2010,数学者、評論家、エッセイスト)
ぼくは過去に森さんの『現代の古典解析』を少し読んだことがあって、そのなんとも言えない文体に惹かれていたのですが、この本でも森さんの人となりがにじみ出ていました――「俺なんて、ガス栓閉め忘れたりするからなあ。爆発すると怖いやん。数学やったら紙の上やから爆発なんかしないし、というので数学科を選んだ。」「あの時は勉強しようと思ってやってたこととちゃうのね。「今これ読んどかんと、死ぬかもしれん」「(ミステリー小説読んで)やっぱりこれ犯人誰か分からんと死ねんなあ」って感じよ。「将来の役に立つか」なんて一切考えない。ある意味で、すごく純粋やったね。」
森さんの次の言葉は、大学は学問の府たるべきだとの考えと、現実との乖離に不満なぼくに、前向きな諦念を抱かせました:「大学は勉強するところやいうのは嘘やと思う。大学は遊ぶところやというのも嘘やと思う。で、大学は就職するために行くところやというのも嘘やと思うの。みんな全部あるというのが正しい。……いろいろあって、ええのんちゃう?大学は、いろんなもののそれぞれを適当にできるところやと思う。」
2.板倉聖宜(いたくらきよのぶ、1930-,教育学者)
ぼくの通った高校に仮説実験授業というのが好きな先生がいたんですが、どうやらこの板倉氏が仮説実験授業の本家らしく、先生が氏の影響を受けていたことを初めて知りました。失礼ながらぼくは先生の授業は必ずしも好きではありませんでしたが、仮説実験授業の根底になる次の考え方に共感しました:「僕の理論はまず「科学には党派性がある」ということを認める。……しかし実験して決まった範囲のことは文句が言えない。認めなくてはいけない。しかし決まる前はいろんな奴がいていい、いや、いなくてはいけないんです。」
尚、板倉氏と次の点で同じ認識を持つと同時に自分への戒めとしたいです:「僕は、日本だけでなく世界中に「自分の頭で考えられる人はほとんどいない!」と思って、愕然とすることになりました。秀才づらした奴は自分自身の頭を使って考えてないことが分かってしまったんです。」
3.元オウム真理教信者
以下、目新しく感じたところを引用します:
「九一年の秋には新・新宗教ブームという感じで、オウムをはじめ日本の目新しい宗教団体が注目され、広く取り上げられたんです。その中で麻原彰晃の名前は、選挙の敗北とか波野村の強制捜査、坂本事件の疑惑を経ても、挫けることなく表舞台に浮上してきました。そして中沢新一氏との対談とか、『朝まで生テレビ』やメジャーな雑誌などに、それまでとは違って社会的になかば容認される形で取り上げられた。……その年麻原さんは東大で講演したり、学園祭を回ったりしています。」(中沢新一はおもろい思想家だと思っていただけに意外。東大のみならず京大や信州大、千葉大でも講演したとの情報もある、真偽不詳)
「オウムに集まってきた人たちは、多かれ少なかれ、社会の矛盾にぶち当たったり、あるいは社会で取り残されてきた問題[引用者注:環境問題や人口問題といった、個人では扱いきれないグローバルな問題、このままでは人類の滅亡を迎えるというある種の終末思想につながる問題]に対して敏感に反応した人たちだったと思うんです。」(ぼくはまさにそういう問題にとらわれやすいと性質だけに、危機感が倍加した。)
オウム真理教と言えば、かの地下鉄サリン事件があまりにも有名で、それしか知らなかったがために、ぼくの中で絶対的な負のイメージとして焼き付いていました。そして、その負のイメージの下でしかオウムを見られていなかったということが、今回この本を読んでよくわかりました。元信者の方が次のように言っています:「差別的にオウムが語られてしまうときに感じる違和感は、そこに思考の停止を感じるからです。突き詰めて考えてみると、色々と教訓になる問題だと思います。」「自分の中にはオウムなんかが潜む余地は絶対ない、って思っちゃうのは危ない。敢えて言ってしまえば、自分の中のオウム性を見つけて、見つめることが重要なんじゃないか。こういう、オウム的なことが無反省に排除されていく雰囲気に唯一対抗できるのは、自分自身の中にあるものを素直に見ることだけです。そうできなくなった人は、恐怖のために自分に蓋をしちゃうんです。……自分にオウム的なものがあったとして、それを処理する仕方を知らないまま蓋をし続けていたら、何十年後かにまたオウムが現れるってことなんです。」
◎付記
同著者同趣旨の新しい本(『二十歳の君へ』)が文芸春秋から出ています。今回の70人とは別の16人へのインタビューと立花氏の講演が収められています。現在でも新品が入手可能で、読み応えがあるので、あるいはこちらを読むのもいいと思います。
今回紹介した本でも、中古品がオンラインストアのアマゾンで割に安く入手できます。(ぼくはそうしました。)
◆あとがき
高校卒業して早くも半年というべきか、まだ半年というべきか、とにかく半年過ぎました。卒業直後はようやくオサラバできると喜ぶ節もあったのですが、今から振り返ると、ああ高校時代もそれなりによかったと思えてきました。そんな折に、学年の先生方に卒業生へのおススメ本をアンケートしたプリントが出てきたので、それを見返したのですが、率直に言いますと、全体的に先生方がこれまであまり本をお読みになられてこなかったように思われました。(もっとも、多様な卒業生たちに何か一冊勧めるというのも甚だ難しい注文であります。)ところが先生方のおススメ本の中に、一冊これは!と思うものがありました。言うまでもなく、それが今回紹介した本です。読んでみて、卒業生へのおススメ本としては、よく時宜を得た、まさにベストアンサーだと思います。推薦された先生は、合格発表から三分経っても電話がこないと不安がるというほど生徒思いな先生だったので、なるほど宜なるかなです。ただ、絶版本だというのはたぶんお気づきでなかったと思われますが……。
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