汗牛足Bは本の紹介を行う「汗牛足(かんぎゅうそく)」のBusiness版である。純粋なビジネス書に限らず、”社会人として読んでよかった本”くらいの緩い範囲で選書して紹介していきたい。
汗牛足B vol.2 (2024.4.29発行)
・ 河本薫(2024)『会社を変える分析の力』講談社現代新書
★本書を読んでわかること
- データ分析とは何か
- データ分析でビジネスを変革するプロセス
- 分析プロフェッショナルに必要な資質と心構え
★サマリー
データ分析に関する勘違い
どれだけデータ収集して数値計算しても、問題解明につながらなければ、データ分析とは呼べない。IT化が進行し、誰もが簡単に分析を実行できるようになった現在において重要なのは、分析を実行する力よりもどんな分析をするか構想する力である。
分析の価値とは、「意思決定への寄与度」と「意思決定の重要性」の積で表される。報告書の厚みや分析手法の高度さ、データの規模は関係ない。また、分析結果がビジネスに役立つものであっても、実際に採用されなければデータ分析は無駄である。
データ分析の結果がビジネスに活用されるために乗り越えるべき壁として、「費用対効果の壁」と「心理的な壁」がある。勘と経験と度胸の「KKD」に基づく判断をしてきた担当者に納得してもらうためには、分析をする能力だけでなく、ビジネスや研究に使わせていくだけのコミュニケーション力も必要である。
データ分析の結果を用いる意思決定者が留意すべきこととして、①予測には不確実性がつきものであること、②データ分析結果は何らかの前提条件下での分析であって意思決定に必要な材料の一部でしかないこと、③データ分析結果と自らの期待とを切り分けること、がある。
データ分析とは、現実世界における実問題をデータ分析で扱えるように簡略化した分析モデルに変換した上で、分析モデルを数学で解き、その解から現実世界の実問題への示唆を得て、実問題を解明するプロセスである。分析者は、分析モデルが何を捨象してどのような前提に立っているかを考慮に入れて結果を解釈しなければならない。
分析モデルは、現実世界を全体俯瞰的に数式で模式化したものであるため、通常の現象や、平均的事象は比較的うまく再現できるものの、突発的事象や稀な現象の再現はうまくできない。また、個々の主体が相互に影響する現象の再現も不得手である。
分析モデルは複雑で大規模なほど良いとは限らない。機械学習は人間から与えられたデータと学習方法を用いている以上、人間が間接的に分析モデルを選定しているため、ブラックボックス化せず分析モデルの意味するところを理解する姿勢が必要である。
ビッグデータの本質は部分計測から全体計測への転換である。因果関係を探求せずとも、相関関係を直接理解することができる。これは分析結果を元に意思決定する場合に、理由を説明できないという欠点を持つ。必要なデータがすべて揃っている場合も限られており、ビッグデータがあれば勝手に価値が生まれてくるという訳ではない。
データ分析でビジネスを変える力
データ分析でビジネスを変革するプロセスは「データ分析でビジネスを変える機会を見つけるステップ」「データ分析で問題を解くステップ」「データ分析で得られた知識を実際のビジネスに使わせるステップ」から成る。そして、それぞれで「見つける力」「解く力」「使わせる力」が必要である。
ビジネスしか知らない担当者や分析しか知らない専門家はこれら3つの力を十分に備えることができない。3つの力のすべてを併せ持ち、「データ分析でビジネスを変革する」という全体的なミッションを意識し、そのミッション全体を果たせる人材が必要である。
見つける力(問題発見力)
データ分析でビジネスを変革できるようなチャンスを見つけ、ヒラメクためには、日頃から、ビジネスに悩み、データに関心を持ち、データ分析を活用する機会を貪欲に探すマインドが必要である。こんなデータ分析が役立つのでは、という分析側の発想では視野が狭くなる。
データ分析が成功するには、データの壁(データ分析に必要なデータがそろうか)、分析の壁(分析結果が得られるか)、KKDの壁(勘と経験と努力に頼る現場の判断よりも優位か)、費用対効果の壁(得られる効果はデータ分析の実施に要する費用を上回るか)の4つの壁を乗り越える必要がある。分析の壁はやってみないと分からないが、他の3つはデータ分析前からおおよそ見当がつく。一つでも越えられないならば、データ分析に着手することを再考すべきである。
解く力(分析力)
ビジネス課題をデータ分析で解決するためには、①分析する問題を自ら設計し、②解き方を発想・選択し、③複雑になりすぎないよう、適切な精度や分解能で、④分析ミスなくデータ分析を遂行する必要がある。
データ分析によりどれだけ多数の知識を得ても、どれだけ確度の高い知識を得ても、それが意思決定に役立たなければ無価値である。解き方のヒントはビジネスの現場にあり、分析結果の解釈にあたっても、現場の知恵が有用であるため、「分析力と現場力の融合」により現場の意見をデータ分析に反映させるべきだ。
使わせる力(実行力)
分析結果は報告して終わりではなく、実際に意思決定に役立たせるところまでを守備範囲にすべきだ。そのために、①分析結果が意思決定に役立つか否かを判断し、②ビジネス担当者に向けて、分析結果がどのように意思決定に使えるか説明し、③分析結果を担当者がうまく使えるよう支援する、という3つの役割を果たさなければならない。
データ分析結果の活用に当たっては、「どれくらい外れそうか」を推定し、「意思決定は、その外れを許容できそうか」を判断しなければならない。分析者は、「過去の知見は将来においては役立たないかもしれない」というリスクを念頭に、予測がどのくらい外れる可能性があり、その結果どの程度の損失が生じ、それは対策可能なのかについて分かりやすく説明する必要がある。
分析力を向上させるための流儀
見つける力、解く力、使わせる力を身に着ける方法として、次の4つの問いを自問自答してみる、ということがある。
- その数字にどこまで責任を取れるか?
- その数字から何がわかったか?
- 意思決定にどのように使えるのか?
- ビジネスにどのくらい役に立ったか?
これら4つの問いにすべて答えられるのが、「本物のデータアナリスト」である。
また、活躍できる分析者に共通する行動パターンとして次の9つが挙げられる。
- ビジネスの現場に出て、担当者とコミュニケーションする
- データ分析ファイルを整理整頓する
- なぜこの分析問題に取り組むのか、なぜこの分析手法を用いるのか、なぜこの分析結果になったのか自問自答する
- 分析結果をビジュアライズしてその妥当性を吟味する
- 他人のデータを疑い、その信ぴょう性に責任を持つ
- 分析モデルの構築や報告書作成、説明の際に「もっと単純にできないか」を模索する
- 分析結果を鵜吞みにせずざっくり計算して理解する
- 本質的な理解のため、あえて文章だけで担当者を納得させる説明を考える
- 思ったような結果が得られなかった場合でも、目的に立ち返って再検討する
分析プロフェッショナルへの道
分析プロフェッショナルに必要な要件として、①成果志向、②実績と信頼、③売り物になる専門性、の3つがある。従来の経験と勘に頼ったスタイルから、データ分析力も駆使するスタイルへの変革が求められる現今にあって、分析プロフェッショナルの活躍の場は広がっている。
分析プロフェッショナルに向いている人は、①論理的思考力、②右脳的思考力(ヒラメキやアイデア)、③感受性の3つの適性を持っている。特に、発想にオリジナリティが溢れており、そのための努力を惜しまない人は優れた分析者に共通した特徴だ。
分析プロフェッショナルという職業の魅力として、その成果が人や企業や社会にどのような効果をどの程度与えたのか見えやすく、やりがいを感じる機会に恵まれていることがある。分析方法やプレゼン方法も人それぞれで「自分らしさ」を発揮しやすい。また、業務とデータのあるところならどこでもデータ分析が役立つため、いろいろな場所でいろいろな組織の人と一緒に仕事ができ、広い世界で生きられる。
★ボクのコメント
データ分析をビジネスに役立てることを志す人ならぜひ読んでおきたい良書だ。具体的な分析手法の説明はないため、これを読んだからといって分析ができるようになるわけではないが、そもそもデータ分析を何のためにやるのか、どうやってその結果を意思決定に役立てるのか、という根本がいかに重要であるか痛感させられた。ビジネス変革に向けてその入口から出口までを守備範囲とする分析プロフェッショナルは非常にチャレンジングではあるが相当に面白い職業だと思う。
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